親の介護とつきまとう葛藤 終わりは始まりにすぎない
こんちはー
いかがおすごしでしょうか?
はじめに
何かに追われているときにはそのことに必死で、周りが見えないどころか自分の感情や体調さえも度返しになってしまうことはありませんか。
今日が終われば明日のはずなのに、同じ今日がまたやってくる感覚。抜け出したいけれど、いつ終わるかわからない生活。
そこから抜け出した後の虚無感。
これらのことは在宅介護ではありがちなことかもしれません。
終わりは始まりにすぎない
母が亡くなり、色々なことが落ち着きを取り戻したころ、母の使っていた部屋に行けなくなっている自分に気が付いた。
面倒くさいとかそういうたぐいのものではなく、恐怖に近いような感情なのかもしれない。
位牌のそばに置いてある母の写真をみると思わず目をそむけたくなり、母がその部屋に最後に横たわっていた時の姿を思い出す。
ときには、夢の中で「ごめんねごめんね」と謝る自分がいるのだ。
介護から解放されても母からは解放されていなかったのだ。苦悩のはじまりだった。
生前母は、徘徊・誤飲誤食等認知症の症状がかなり出ていた。自宅で十分な介護ができないのなら施設に入れてあげるべきだったと思うが、費用等の問題もありそれが出来なかった。
とはいえ、母を家に一人で残すわけにはいかなかったので、私がパートに出ている間はショートステイに通ってもらっていた。
けれど認知症の症状がなくなるわけではない。それどころか認知症の症状は悪化していき、私自身がその症状に順応するための時間が必要になっていた。
そんなある日の出来事。
母が徘徊して警察に保護されたことがあった。
『なんでお母さんを家から出すの!以前も保護されてるでしょ!』
と担当した警察の方に言われたことがあった。
萎えて萎えて、本当に萎えた瞬間だった。
”他人に迷惑をかけてはいけない”
それは十分に理解できる。母の安全も考えなくてはならない。けれど母を家に軟禁状態にすることはできない。私はどうすればよかったのだろうか?
この警察官が私と同じ状況に置かれたとき、この人はいったいどうしたのだろうか?徘徊させない自信でもあるのだろうか。
そんなことを考えても意味がないのに、その時だけは考えずにいられなかった。
私の中には”何とかしないといけない”という気持ちと、”放り出したいという”気持ちが常に表裏一体となって存在していた。それが母への対応にもでてしまっていたのだろう。そして母が亡くなった後、それらの事が大きな後悔となって自分自身に返ってきたのだと、今は思える。
この葛藤は母亡き後、7年続いた。
七回忌が終わったころ、ふと心が軽くなった瞬間があった。
何かが自分の中から抜けたような感じがして、それまであった恐怖心が明らかに消えていたのが分かった。
今年で母がなくなって10年になる。
けれど、忘れたことはない。


